沈黙を破る~追悼・ファルザット・カマンガール

2017年5月9日 

もうあれから、7年も経ったのか。

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日曜日の朝。8時過ぎに起きるとアムネスティから携帯電話にメッセージが入っていた。「ファルザット・カマンガールら、5人がエビン刑務所で処刑された模様。現在確認中」。一瞬わが目を疑ったが、数時間後には、別の信頼できる筋が確認した。休日の早朝を狙うとは、アフマディネジャド政権らしい卑劣なやり方だ。これまでも国際世論を少しでもかわすために、クリスマス休暇中に労働組合への弾圧を繰り返してきた。

カマンガールは、イラン北西部のカマヤラン出身のクルド人教育労働者で、労働運動家・人権活動家であった。2006年に非合法組織・クルディスタン自由生活党(PJAK=ペジャーク)の一員として石油パイプラインを爆破したというでっち上げ容疑で逮捕され、テヘランへ送られた。PJAKは、武装勢力・クルド労働者党(PKK)のイラン支部といわれる。

弁護士は裁判で終始無罪を主張した。カマンガールも容疑を否認し続けた。このため、繰り返し拷問を受けた。2008年2月には、「国の治安を脅かし」、「神と敵対」した罪により死刑判決が言い渡されたが、その所要時間はわずか5分であった。アムネスティは、「手続きは非常にずさんであり、公正な裁判についての国際基準には遠く及ばない」と指摘する。

実は昨年11月にも死刑執行の危機があったが、複数の国際労働団体が情報をいち早くキャッチして抗議行動を展開したため回避されたという経過がある。このため、今回の事態に対する関係者の衝撃は大きいし、憤りは強い。また、家族や弁護士へ事前の連絡が一切なく執行された上、遺体は返還されていない。遺族らは省庁をたらい回しにされており、そのことだけを取り上げても、私は怒りを禁じえない。

背景には、不正が行なわれたイラン大統領選挙の一周年記念日がある。投票日だった6月12日を控え、反アフマディネジャド派は攻勢を強める予定であり、当局はその大弾圧の一環として、まず少数民族であるクルド人を狙ったのだ。事実、この日(9日)絞首刑にされた5人のうち、4人がクルド人であった。

イラン国外では、フランクフルト、ケルン、パリ、コペンハーゲン、ロンドン、トロントなどで直ちに抗議行動が起きた。またトルコでは、クルド人がイラン国境を越えようとする示威行動を展開。一方、イランのクルド地域は各地で「ゼネスト」状態が続いている。学校や大学が閉校し、8割の職場や商店・バザールが休業し、街頭から人が消えた。2005年にも治安部隊による射殺事件を契機に抗議行動が起きたが、それ以来の規模となった(ニューヨーク・タイムス)。

クルド人は、トルコ・イラク北部やイラン北西部などに国境を越えて分布し、独自の国家を持たない世界最大の民族で、人口は2500万~3000万人といわれる。

イランでは、全人口6900万人のうち450万を占める。その政治運動は多くの場合、より高度な自治を求める運動であり、主な政党は武力闘争路線を否定している。しかしイラン政府は、日常的に弾圧を加えている。政府に反対したり批判した容疑で、ペルシャ語、クルド語を問わず新聞社や雑誌社を閉鎖し、書物を発禁処分にし、出版社・ジャーナリスト・文筆家らを処罰している。非政府組織(NGO)の正当な活動に対しても団体登録を拒絶したり、こうした組織で働く個人を虚偽の公安容疑で訴追するなどして、弾圧を加えている<ヒューマンライツウオッチ-イラン:クルド地域での弾圧を止めよ>。

各地で抗議行動が高まる中、関係する国際労働団体も緊急の対策電話会議を開いた。カマンガールは、クルド教員組合に所属していたから、教育インターナショナル(EI)が救援活動の中心を担っていた。同様に、国際運輸労連(ITF)には政府から独立した団体である、テヘランバス労組が加盟しており、オサンルー委員長とマダディ副委員長が「治安維持違反」というでっち上げの罪で投獄中である。南部の大砂糖工場・ハフトタペイの労働者たちも国の手先機関から袂を分かち自らの労働組合を結成したため弾圧を受けてきた。この組織は、国際食品労連(IUF)が支援している。これに、国際労働組合総連合(ITUC)を加えた4団体は、この数年イランの活動で連携を強めており、労働組合権の確立を支持する共同声明をメーデーに発したり、統一国際行動日を実施している。日本では連合などが集会を開催した他、世界各地でイラン大使館前の抗議行動などがあった。アムネスティとも積極的に行動を共にしているし、労働キャンペーンサイト・レーバースタートも大きな役割を果たしている。

レーバースタートのオンライン抗議行動は数日で数千本のメールを政府や経営者に送り付ける威力を誇るが、カマンガールらの処刑を受けて立ち上げた抗議要請は、すでに5500筆が集まるというハイペースだ。

5月14日。在英の「クルド自由党」なる団体が、ロンドンのイラン大使館前で抗議行動を呼びかけたので、アムネスティや労働組合会議(TUC)と共に、職場単位で参加した。ここは、オサンルーの拉致・投獄に抗議するなど何度も足を運んでいるところだ。今回は、絞首台が5つ用意され、参加者が目隠しをして首にローブを巻く。多数の参加者は黙祷しながら、ピースサインを示す。拡声器で絶叫する抗議よりも、もの凄い威圧感が生まれる。行き交う自動車やバスが徐行する。これまで見たことのない光景であった。

ところで先に触れた電話対策会議では、従来の抗議行動では不十分だという意見も出た。加えて、イランには未だ「反米・反帝国主義」の旗手という人気が途上国を中心にあり、人権侵害や労働組合権の弾圧という実態が周知されていないとも指摘された。日程上は、ILO総会や「6・12」に続き、ITUC大会が控えている。国際労働団体として、こうした機会を利用してどう運動をステップアップできるのか。アムネスティなど人権団体とどう提携するか。経済制裁なども含め、あらゆる選択肢が緊急に議論されなくてはならない。

カマンガールは、享年わずか35歳。無念であっただろう。4月に外部へ発したメッセージには、こんな一節があった。

「教育者として知識の種をまくものは、沈黙などできるはずがない」。

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